疑惑 上


早稲田 藪白明



上 乱雲
 時雨が止んで、物静になつた為か、暖かくなつた、此の青空は果して晴れたのであらうか。
 丸心の置洋燈は、じいじいと音をして、ぽつつりぽつつり、時々瞬くのである。窓際に推し寄せた机に、もたれかかつて、不二夫は茫然と、瑠璃戸の本箱の中を見てゐたが、それも無意識であるかのやう。美くしう二つに分た髪の毛の艶はよいが、彼が蒼白い顔には、現なきしんみりと色が浮んでゐる。
 不二夫は、机の下から、雑誌に挟んだ封じ状をとつて、手もだるさうに読みかへした。

彼れわれと心にかゝることばかり、うつうつと机に凭れて、たゞ夢のやうに気が遠くなつてしまいました。千代迄もおそばははなれまいと、念じてゐました、先生と、お別れ申さなければならなくなつた時は、もう涙も出ず、胸が張り裂けるかと思ひました。さうして、あとはたゞ、涙にかきくれてゐましたが、これも人生の常態であると、無理に諦めましてからは、なる可く忘れるやうに、忘れるやうにと、してゐますゆゑ、眠られないやうな夜も、少なくなりました、それでも何となく、心淋しうムいますよ、でも、一心に歯をくひしばつて、今までよりも一層、勉強いたしまして、きつときつと美事に卒業いたしますから、先生もお心やすうおはしめせ、お母さまの御忌中もすみましたらば、何卒いま一度、おかへり遊ばして下さいませ。

幼き書きぶりの、一行いちぎょうに乱るゝまゝ、乱れ乱るるは、不二夫の胸である。涙である。
 春秋わずかに幾閲月、年にも満たないのに、彼が教鞭の下には幾人かの美しい児が生まれた。
 若し先生がおいでなされなかつたらば、私は、甚麼児供になつてゐたでらうかと言ふことが、心を鞭うつ、たゞ一つの命でムいます、唯一つの良心でムいます。
と書きをさめた少女に、誰が感謝しないものがあらう。不二夫はたゝ、無限の感に打たれたやう、顔は火照て、彼の眼は美しう焚いた。
 とし子、とし子は驕慢な児であつた。学科も相応にできるところから、人を見くだし、自分の身姿の美しきを衒う、至つてヴアニデーの強い、偏頗な性癖の著るしい少女であつた。かくて十四の冬も暮れたが、更に更に、更たまる見込もなつた。不二夫が其受持になつてから此の類の子の矯正に、甚麼に腐心したであらう。由来此のクラスは有数の難局であるから…不二夫はまだ論ずるには足らぬ青年であつたので、何故かゝる難局にあてられたか、老練な教師でさへも、容易に此等の児供の心意を見極めることは出来なかつたものを。
 それは何も、わけがあるのではない、只彼の天賦を、適用せしめやうとしたまでのことであつた、彼の天賦とは、彼の美的精神の表現と言ふことで、言ひかゆれば美感そのものが、彼の生命であつたので、さて、それを常々認識してゐた彼の監督者は、次て此の局にあつるに適すと知たからであらう。
 彼の監督者が知てゐたとは言ふものゝ、実はさうではない、彼が常に、衷心から信頼尊敬してゐた同僚の推挙によつてゞあつた。
それで其間には隠然、互に相牽制する趣があつた。それがまた、老若混淆せる最も甚だしきものであつたから、老者は、若き者無経験なると、思慮乏しきとを笑ひ、若きは、老者の、沈腐頑強にして、智識乏きを嗤た。
 且一方には、道義派とも称すべき、温厚派もあれば、物質主義の急進派もありまた唯物宗の職業派もあつた。であるから、此の学校には、職員室の空気を統一する一系の、清新な趣味のある、確固不抜な、主義と言ふものはなかつた。仮令形式的にはその統一があつたにしたところが、実際の上からは何等の精神もないところであつた。
 不二夫は道義派であつた。これに属すべきものには、僅に三四の訓導と、これに二三の女学校派の女訓導とのみであつた。だから、もとより、一人の中学派も師範派もゐなかつた。即ち純固たる独立派の者ばかり、而も皆、系統ある教育を受てゐるもので、嘗ては中学派とも言はれたのであらうが、今は即ち、これを超越せるものばかりであつた。
 斯く統一のない、否、統一するには、一大淘汰を経なければ、到底おさまりのつかないと言ふ様な、不統一なる学校であつたから、職員の異動、受持の変更には、非常な注意と思慮を要するのであつた。仮令如何に細密なる思慮をもつてしても、各派間の、疑惑的、斜視的注目を、免るゝ事は容易ではなかつたので今度の受持変更の如きに至つても、至大注意を、ひいたのであつた。
 扨て此の受持変更と言ふことに就て、少し説明を要するが、高等科の四学年、此の組は、男女合併のクラスであつたから、従て、種々の問題が簇出した。或時は体格検査の時に男生が裸体で女生のゐる教室に、躍び込んだと言ふ誤聞から、男生幾人の留置になり、其雪辱的議論となり、或はまた、男女の取扱いに等差があるなどの論もあつた。
 然るにそれは常に、秘密に附せられて、容易に一教室外に、暴露せらるゝことがなかつたが、此の年の春の暮れ、五月雨しきる時であつたが女性相互の嫉妬排斥の原因が、一に受持教員の不公平に帰すると言ふ噂があつて、遂に校長の秘密調査となり、校長と受持との大衝突となり、職権云々の問題となつた結果は、即はち茲に受持変更となつて現はれたのであつたが、先の若手の訓導に失敗した監督者は、老練の聞えある、老教師を以て之に代へたところが如何せん、科学的頭脳に乏しき結果は、忽ちクラスの不平となり、進歩の遅緩となり、担任者は倦み、児童は不規律に流るゝと言ふ、不始末な現象を呈したので、気焔派の若手は、大に技倆と労力とを振つてやろうと力んでゐた。さるからに此の派に於ては、多く急進的物質主義形式党であるところからして、前車の覆轍に鑵みたる監督者は、殆ど途方にくれた。
 かくて最後に新手として、精神的な、愛情的な、而もその則を逸するには、あまりに道義的なる、不二夫を以てその局に当らしめる事にした。
 不二夫は惑はざるを得なかつた。而し彼には大なる自負と自信とがあつたから退嬰的な態度を一変して、快活な而も熱情ある、モーラリストの如何にローマンチツクなるかを見せ、併せて其教育軌道のいかに偉いなるかを示さうとした。
 かくて彼は、極端なる家族主義をとつて、熱情と努力と、公平とをもつて、良知良能の新生面を現はさんとつとめた。かくて茲に幾閲月。
 彼が功やうやく、その途につかんとして、一面その技倆を見せ得た間には、そこにやがて彼の欠点をあらはした。即ち、偉大と言ふ予期が、寧ろ彼のセンチメンタルなところに蔽はれて、児童の一部にも、早やセンチメンタリストを生じたことである。やがて、
秋は老ひ行く夕空に
彩羽を振るう天地や。
時雨れ来る日も重なりて
万象やうやうに死を孕み
龍田の宮も薄霧して
寂びたる風は冷えて行く。
と不二夫が吟ずるに至つた秋の半に、突如、彼は凶電を抱いて辞任したのである。
 彼が為めには、天地間に唯一の希望であつた母の死、彼女以外一人の孝養を捧くべき人なき彼は、此の凶電によつては、全たく自失せざるを得なかつた。
 授業中にひきつゞき再参の、電報を披見した彼は、蒼然として眼は鈍ぶり、筋肉は縮ゞみにちゞんで、殆んど、動作が全く、機械的にでも、停止せられたやうであつた。父もなき彼にとつては、将来の希望の過半は、彼女母によつて保たれてゐたやうなものを、今や全然之を奪ひ去られたのである。
 彼は凶電を手にして夕、行李匆々帰郷の途についた。彼は僅に今から三月前にやうやう忌が晴れたばかり、一人の妹と、垂れ籠めてのみ、母のみ霊を祀り、慎んでゐるのである。
 彼には二人の姉があつたが、一人は遠く外国に彼女の夫と共に行き、いま一人は、同じ浪華の町にはゐるが、商家の忙がはしさ、長く滞留して、世話をしてやるといふ事も出来ないので、不二夫は、今や妹と乳母親子と、四人きりで、淋しく香を焚くのみが仕事である。
 彼とても、全く無資産のものでもないので、帰て見れば、相応に家事も忙しい到底書生気質の、閑寂を教員生活の昔とは比較にならない。と言つて、別にこれぞと言ふ商売あるのではない。而し以前から、さゝやかな化粧品を商つてゐるから、不二夫にとつては多忙にも感ぜられる。
 われからとても、これしきの小商売、自分がやつてやれないことはないのだが、たゞ妹と二人つきりだから、随分迷惑である。生涯一の小商人で立つのであれば、それでもよいが、聊か胞腑もあるものが、かゝる小事にかゝわつてゐては、と思つて、断然家をまとめて、妹と二人、何へか去る事に決心して、妹や義兄や、その他親族一統にも相議して、漸く両三日以前にまとまりをつけたから、来春にもなれば、断然決行する筈である。かくて再び奉職して、追々に彼はその修養を創作に注がうと言ふ希望なので…
 扨て、彼にとつては、一大問題が目前に横たはつてゐる。それは彼の生涯の問題、即ち、結婚と言ふ難問題であつた、姉や義兄が、今から一週間程まへに、提出した問題なので、もとより彼も、己に就ては、随分心を脳ましてゐないではないが、姉や義兄に対しては、今はまだ忌が晴れたばかしであるから、那様ことはいま暫く、言はないが至当であらうと言つて、逃げたのである。
 今や彼はたゞ独り書斎に閉ぢ籠つて、物思ふともなく、彼女とし子からの文をひろげて、私に回想の夢を追のである。
「はあ…」つと太息して、巻きおさめると机の上に投げあつて、大和の箱から一本ひきだして、ふうつと紫の煙を吹いた。上る煙の裾長く、漸く薄く消ゆるのを、追ふが如く眺めながら、
「つまらないなあ、お母さんが常から左様言つてらつしやつたつて、言ふんだなあ、ふゝむ」
と嘲笑むが如く言つてまた、紫を吹く。
 かくて彼の心中を往来する意識の影は、彼に告ぐるのである。
「自分が誠意で、熱心な授業を試みた児女の中から、自分のすきな子を貰つて、自分を授けさせるのは、不義であらうか、不道徳であらうか。お母さんは誰をとは言はなかつたらう、急激な脳溢血であつたから、遺言とてなかつたと言ふぢやないか。お母さんが生きていらつしやつた時、もう自分も二十を二つも超してゐるし、お母さんも六十と言ふ声を聞くのもちかいから、帰つて来たら、嫁を貰はなけりやならないとは、お仰つたかも知れないが、誰とはきめてゐらつしやらなかつたらう、嬉しくもない、あの向へのよし子なんか、質屋だから金はあらう、それはあるにしても、金なんざあ欲しくはないのだもの、自分の理想は、那麼に物質的ぢやないだから、姉さんが言ふやうに、急ぐことはない。いくらお母さんが、お亡くなりなすつたところが、何も那麼に急ぐことはない筈だ、僕は自分の理想の人と、相逢ふまでは、決して誰も貰はない。貰う必要がないぢやないか、貰うべき責任とか何とか言ふのも、畢竟、一家の主人と言はれるからでもあらうが、花子の世話なんざ匆にでもなる、十三にもなるのだから何の事はない。而し何だらうか、あのとし子は、僕を甚麼に思つてるのだろう。あんなに言つて寄越すのを見ると、全くは恋してゐるのではあるまいか、さうとも思へる万一那様ことでもあつたら、それは自分の罪だ、失敗だ、決して誰にも許さない威厳と言ふことを失なつて、児童の溺愛した結果であるとしか言はれまい。あゝ思へば自分には、たしかに威厳と言ふことがなかつた、凡、愛と言一片の感情の中に惑溺してゐたのだ。かくては多くの児どもに、甚麼悪習慣をつけたかも知れない。まだ子供、無心の子供と一口に誰しも言つてしまうが、それは間違つてゐる。自分も、全たく極端な子供主義、家庭主義から、なれなれた結果であらう。いま若しとし子が、単純な愛慕でなかつたら怎する、彼女を生きながらに葬むるか、さもなくば之れに従うか、いやいや、さうではない筈だ」
 かく考へてゐる中、煙草は燃えてしまつた。それを火鉢につき込んで、小さい銀瓶から、白湯を茶碗についだ。一口つけて、また新らしいシガレツトをふかす。
「とし子の性質は決してまだ直つたとは言へない。而して全体があんなのは嫌いだ。ヴアニデーの子、ヴアニデーの子は全く生涯をあやまる。
 あゝ仮令、自分の親しい子の中で、求むべきならば、誰だらう てる、てる子…
 兄さんがよく仰やる、世の中の運命と言ふものは、何と言ふ非道なものでムいますか、折角に男生も私どもゝ、仲よくなつて、たゞ兄さんを、しんみに懐かしく思て、毎日学校にもかよひ、御うちにも行つたのに、もうその運命とか言ふものは、兄さんのお母さまは、またとかへられない、遠いところに、お伴れしたではありませんか、兄さんより外には、もう先生は、ないやうに思ひます。それでも御手紙のことを思ひ出しては、心の弱い糸を断ち切て、勉強いたしております。お兄さまのお帰りばかしまつてゐるので、一日の日が長いのに、苦い思ひをいたします。
と言つたあの照子こそ、理想の人であらう。
 而し自分は、まだ年歯も行かぬ十五六の少女を、妻とするには忍びない。人生の行路を、まだ一歩も、踏みしめたことのないものを、早やくも、辛い渦潮の中に、おとしいれるにはたへられない。万一さうなつたら怎だろう 特別な情、特別な愛とて一点もなく、たゞ公平無私の自分の熱情的教育も、直ちに彼等職員、ひいては、自分が無辺の愛を以て接してゐた児女にまで、誤解せられて、多くの不道徳な名を以て迎へられるかもしれない、那様ことにでもなつたら、千歳の遺憾ではないか。照子といい、とし子と言い、その外一切に対して、愛情の差は、一分と雖なかつた筈だ、誰しもさう見て呉れたであらう。
 さもあらばあれ、自分はそれならば、全く照子を捨てうるか?」
 かくの如きは実に、不二夫の意識の流れに、点々たる影を宿せる、黒雲の一つゞきであつた。
「花ちやん花ちやん?」
と不二夫は妹を呼んだ。五畳の座敷としきつてある襖は、静に開かれた。
「なあに?」と言つて、沈んだ顔色ではあるが、可愛い円顔を半だした。
「こゝへおいで」
「乳母もお衣もゐるの?何してゐた?」
「えゝ、妾?あたしねえ、三人して、少年世界読んでたの!」
「さうかい、僕もお邪魔にならうかねえ、お茶をたてゝおくれよ、あの母さんに供げた落雁があつたねえ、そらあの大きい方だよ、ねえ」
「さう、兄さん、もう何もなさらないこと?それぢやいらつしやいな、あたしのお茶あげるわ」
と言ひ残して立ち去つた。(次号完結)

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