殖民文学を振起せよ(一巻一号) 衆議院議員 竹越与三郎君 近来我国人口の増加は、実に膨湃として潮の来るが如し、若し夫れ今日の率を以て増殖せんが未だ 百年を出ですして一億の同胞は我国内に充満かべし、現下に於てすら既に人口過多なるに、将来に於 ける此の漠大なる人口は之を如何にすべきぞ。実に是れ国家焦眉の問題にあらずや、余が年来列国殖 民政策の研究を敢えてし、其の成敗の跡に就て深く省察せんことを努むる所以は蓋し其の志茲に存す れば也。而して今雑誌殖民世界の発刊に会す、誠に余が意を得たるを喜ぶ、是れ余が本誌の趣旨に賛 する第一の理由なり。維新の創業以来、社会の状態は幾多の変革を見たれど、年を追ふて着々と法制、 内治は改善せられ、今や文武上下の秩序漸く定まり、奇才異能の士ありと雖も、未だ容易に其のき驥 足を伸ばす能はさるは、蓋し現時の状態なりとす。此時に当り苟も眼を天下の大事に注ぎ、志を遠き 将来に有するものは、須らく天高く地広き殖民地に至つて壮団を企つべし。是れ快事中の一大快事に あらずや、余が本誌を歓迎する第二の理由又茲に在り。 大に殖民文学を起せ 第三に余が本誌歓迎の理由としては、年来余の尤も遺憾とせるは、我国に未だ殖民に関する機関な き事なりき、而して又殖民文学の欠乏にてありき。本誌は能く其の欠陥を充たし、一面又殖民文学興 隆の急先峰として現はれたるものにして、併せて殖民的知識の普及のため、与つて力多かるべきは余 の嘱望して喜ぶ処なりとす。願はくば自愛自重し、我が国民性をして極めて適当に刺激し指導するこ とを勗められよ。余嘗て列国殖民制度を比較研究して為以らく、制度に於て尤も可なるものは英国に して仏国之に次ぎ独乙は未だ試験の途次に在り、然れども此れ只だ比較的の論にして適切に評すれば 仏国制度の英に勝れるものも亦決して無からすとせず、然るに英国は能く殖民政策に成功せるも仏国 の微々振はざるは何ぞ、他なし是れ制度其のものゝ是非よりは寧ろ国民性如何に依るの大なる事を證 し得て明かなりと云ふべし。英国の祖先は元アングロサクソン族にして、彼等の故国は風涛倹悪なる 北海に枕み、林深く、沼多き湿地にして常に空曇り霧深かりければ、常に火酒を呑んで暖を取り、偶 々天晴るや山野河海に奔地遊猟し以て北海に横行したりしなり。而して此の壮列果敢なる気魄は今猶 ほ英人の胸裡に潜み、其の血は彼等の脈管を流れつゝあり。去れば英人は生落つるや既に何れにか飛 翔せんとの雄魂躍如たり。加ふるに英国の風光は今猶霧深く天気陰鬱なれば彼等民族は天外地角何れ の地に至るも決して自然の圧迫に辟易峻順せず。之に反して仏国は即ち然らず、仏国の風土は概して 良好なるものみならず、国を建つること英国に比して久しく、前大文明遺風今猶存す、是を以て仏人 の殖民地を求むるの動機英人の如く爾かく強からざるなり。或批評家仏人を評して日く、仏人は恰も 牡鶏の如し、彼は美日に際しては美麗しき尾を日光に翳してして誇れども一度雨に逢へば忽ち尾を垂 れ首をすくめて外に出つるなしと、稍々酷に過ぎたりと雖も蓋し知言なるやも知れず、以上は僅かに 引例に過ぎずと雖も、要するに海外に到つて活動し、殖民膨張に能く成功すると否とは、制度の如何 よりは国民性の有劣に依つて別るゝものたるを知るべし。 我国民性と殖民 翻つて我国民性如何を察するに、世人往々呼んで島国的にして気宇甚だ小なりと云ふと雖も、余を 以て見れば即ち然らず、只だ近代に於て海外の事甚だ多く見るべからざるは、職として徳川氏が厳重 なる法令を以て押へたると、航海術の発達せざりしとに由らずんばあらず。見よ彼の天川屋義兵衛の 如き、天笠徳兵衛の如きものあるにあらずや。加之台湾、福建省、直隷省の如きは盛に我が海賊の横 行せる證跡あり、称して海賊と云ふも実は良民にして只だ法令の禁を犯したるの謂たるに過ぎず、其 の他暹羅に於て墨士歌に於て我大和民族の雄飛せるの形跡あるは歴々として見るぺきものなり、吾人 は我国民り勇敢なる気象と堅確なる意志とを有する、最も殖民地建設に適したることを確信するもの なり。只だ因習の久しきを以て適当なる指導と培養とを要す。 殖民と自主自立の精神 殖民に最も必要なるは自主自立の精なりとす、凡そ天下の事、此の精神なくして成るは無かるべし と雖も、天外地角人煙稀なる処に至つて事を成すもの、須らく皇天皇土の知るありてふ此の大精神の 燃ゆるなくんば一日と(いえども)立つ能はざるべし。依頼主義や人を待つて事を為すが如き薄弱なる ものは到底談ずるに足らず、自ら空拳を振つて立ち、決して国家の保護に依頼する勿れ。然りと雖も 国家は又国家り立場より相当の保護を与ふべきは論を俟たず、然れども余が茲に保護と云ふは敢えて 法令制度の成定を意味するものにあらず、換言すれば間接に保護奨励すべきの謂にして、即ち高等の 学校には宜しく殖民科を設置して之が養成に力を致し、社会は又大に殖民文学の興隆を計り、此等に 関する史伝や事業を伝へ、以て凋落せんとする我青年の元気を興奮せしむべきを切望するもの也。(文 責在記者)